2007年08月20日

暴走温室効果、帰還不能地点、ティッピングポイント

 もう1年以上前になりますが、Real Climateのブログよりティッピングポイントについての議論の記事を仮訳して紹介しておきます。

 先日の「「不都合な真実」の6メートル海面上昇予測はトンデモ説か?」もご覧ください。

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Runaway tipping points of no return
http://www.realclimate.org/index.php/archives/2006/07/runaway-tipping-points-of-no-return/

暴走温室効果、帰還不能地点、ティッピングポイント
5 July 2006
― gavin @ 12:32 PM - (Slovenc(ina)

 いつの間にか、気候問題を議論する際に、”ティッピングポイント”という言葉を使うことがしきいを越えたようだ。昔は全然使われていなかったが、ある時期から、ほとんど100%の記事で使われるようになった。とはいえ概念そのものは以前から知られていたものだ。
この概念というのは、多くの非線型システムにおいて、加える力を大きくしていくにつれて、当初は小さな摂動に過ぎないものが、ある”ティッピングポイント”を越えると大きな状態の遷移を起こすというものである。
これは自己強化型(正の)フィードバックの存在を前提としており、時には、複数の”アトラクタ”という概念とも関わりがある。
もう一つの非線型システムの”ティッピングポイント”とは、何らかのパラメーターが変わることで、現在のアトラクタの性質が変わったり無くなる瞬間を示す。
しかしこれらは紛らわしい使われ方をしており、混乱を招きそうなので明確にしてみたい。


・正のフィードバック

正のフィードバックは、気候のある要素の変化が他の要素の変化を引き起こし、結果として元の要素の変化を増幅することである。気候系で有名なのは、「氷」−「アルベド」フィードバックと(「気温」−)「水蒸気」フィードバックである。
もちろん多くの負のフィードバックの例もあり、最終的にこちらが過去45億年の間地球の気候を沸点と凍結点の間に保ち続けている。
しかし、気候系をカオスにしており、面白くしているのは正のフィードバックの方である。
 人びとはしばしば、正のフィードバックの存在は、”暴走”温室効果つまりシステムが制御不能なスパイラルを描くようになることを意味するに違いないと思い込んでいる。しかし、正のフィードバックの存在は暴走の必要条件ではあっても十分条件ではない。
 単純な系でも、ゲインが1以上でなければ発振はせず安定した(増幅)状態をもたらす。パラメータの変化がDであってゲインをrとすると、変化の大きさはD+r*D+r^2*D…となるが、この値は|r|<1である限りは収束し、|r|≧1の場合には発散する。
 地球の気候システムでは金星の場合とは異なり、rは1未満であると考えられるため、暴走効果は存在せず正のフィードバックのみが存在する。

・ティッピングポイント

 では気候には複数の”ティッピングポイント”が存在するのだろうか?
しきい的なふるまいを示すと思われる実例となる物理システムを探してみよう。
しばしば例に挙げられるのが、北大西洋での深層への沈み込み海流と北極の夏の海氷の例だ。(現実世界でも似た事例の証拠があるが)それぞれ淡水や北極振動のわずかな変化が、数値モデル上でこれらのふるまいをかく乱することがある。ある点に達するとその挙動は存在しなくなる。しかし、私達はそれがどの地点なのか、しきい値はどの程度感度が高いのか、はそれほど確実に知ってはいない。「知られている不確実性」の例である。

 「知られていない不確実性」つまり私達が気づいていないティッピングポイントもある。南極のオゾンホールの例では、予期しなかった氷微粒子表面での化学反応が極渦内のオゾンの効率的な破壊を引き起こしており、オゾン層破壊の懸念が現実の問題となった。
問題の性質上、それらのサプライズがどれだけ重要かを私達は評価できないが、完全に無視することは不可能だ。

 ティッピングポイントの最も一般的な例は生態系に関係したものである。生態系をダイナミックで健康にしている相互依存の複雑な網の目は、潜在的な多くのしきい値をそなえており、外部条件の変化の結果を予測することは非常に難しい。気候変動に加えて生息環境の喪失、伐採、都市化、外部種の侵入など生態系の健康に対しては数知れない多くの影響があるため、ティッピングポイントの概念が一番適用しやすいだろう。冬季最低気温の上昇が新たな生態系への足がかりとなり昆虫が侵入する(アラスカのマツクイムシの例)、高山の生物圏を縮小することになるが温暖化による山岳生態ゾーンの駆け上がり現象という例もある。地球が温暖化するにつれて、さまざまな気候や生物圏の小システム毎に関連した複数の"ティッピングポイント"を通り過ぎることになる。

・帰還不能地点

 ティッピングポイントとポイントオブノーリターンはメディアでしばしばおなじ意味で使われているだろうか。しきい値を過ぎた場合に起こる種の絶滅に関しては、その通りだろう。しかし物理的な気候システムでは、再び元に戻せないランプの精というのは居るのだろうか。
 これはタイムスケールに関わる問題だ。エアロゾルの濃度変化は排出後数週間で逆転できる。しかしCO2の濃度はより変わりにくく、どんなシナリオを検討しても今後数百年間は産業革命以前のレベルには戻りそうにない。この意味では、産業革命以前の気候と比べれば気候は帰還不能地点をすでに越えている。

 これまで述べた既知の物理的なティッピングポイントは、帰還が可能かどうかを決定する自然のタイムスケールをもっている。
 例えば北極の海氷は5〜10年のタイムスケールを持っており、夏季の氷の消滅はおそらく10年かそこらの寒い時代で逆転するだろう(北極海の海洋成層化現象によってもう少し長く時間が掛かるかもしれないが)。
 熱塩循環のシミュレーションによれば、小さなかく乱の結果は、2,30年で元に復帰するだろう。完全な熱塩循環の崩壊といった大きなかく乱の結果は、現状の気候モデルでは完全にはシミュレートできないものだが、中程度の複雑性を持つモデルの研究によれば、半永久的な変化となるという。
 古気候データの研究者たちは、氷河期の気候には繰り返し起こる2モードの変化状態がありそうであることを指し示しているが、完新世(現在の間氷期)のような別の安定した状態がより高温側にもあることを示す証拠はない。つまり、これらのティッピングポイントが本当に不可逆的であると考える強い根拠はない。とはいえこの損失と回復のプロセスの時期の影響がそれほど大きくはないということを意味しているわけではないのだが。

 大きなポイントオブノーリターンは通常グリーンランドと西南極氷床(WAIS)の融解と関連付けて議論されている。現在のところ、氷床はある意味それらがすでに存在するせいで存在し続けている。大きな氷床があるからそこに雪が降り積もっているのだ。
仮に現状の融け方よりはるかに大きく氷床が融け始めたならば、氷床の海抜高度が下がることにより気温逓減率(海抜が下がれば圧力が高くなることで気温も高くなる)効果で、より融解が加速する。そしてもしグリーンランドが一旦消滅すれば、温暖化した場合はおろか現状の気候でもグリーンランドの氷床が再成長することはありそうにない。これらの氷床のどちらが失われても、少なくとも人類のタイムスケールでは「帰還不可能」な効果をもたらすだろう。

・10年間?

 NASAのジェームズ・ハンセンは今年(06年)始め、おそらく将来の"危険な人為的な気候への干渉"を防止するために重要な行動を起こす機会はわずか10年しか残されていないだろう、と語った。彼はそれをティッピング・ポイントと呼んだが、私が上で示したような言葉の厳密な使い方では使っていないことをはっきりさせるべきだ。
 彼は10年以内に何らかの大きく不可逆的な気候の変動が起こると明示して述べているのではない。
彼は大気中に放出し続けているCO2の排出量の傾向を指摘している。実績と予測の排出量はすでに、ハンセンによる"代替シナリオ"の上限のレベルとなっているが、この代替シナリオは(特にグリーンランドと西南極氷床の融解を避けるため)(CO2、メタン、ブラックカーボンエアロゾルの)放射強制力を危険であると想定するレベル以下に保つためのものである。

社会インフラの慣性や炭素サイクル、気候サイクルによって、どの地点でも著しい温暖化がすでにパイプラインに押し込まれている(そして避けることが非常に難しい)のだ。この追加の温暖化は0.5℃程度と想定しており、ハンセンの声明は、物理的な意味の気候システムについてではなく人間−気候複合システムについての帰還不能点であると読むべきものである。

 この10年間の地平とは、その時までに実質的な努力が開始され、温室効果ガスの濃度のトレンドが現状のまま(Bau)路線から代替シナリオへ向けて動き始める時点のことである。
これは現実的なタイムスケールだろうか?判定はとても難しい。この期間には継続中の排出量の増加や、気候感度、将来の火山噴火や太陽活動などさまざまな要因が含まれている。明らかなことは、規制されない排出によってまもなく私達は一つ前の間氷期(約12万年前)以来見られなかった高温の世界、気温が1℃以上高く、海水面は4〜6メートル高かった世界にたどり着こうとしていることだ。
 約10年間でCO2の大気中濃度は400ppmを超え、気候系の慣性とその他の強制力があるために私達が1℃以上の温暖化を避けることはできそうでなくなるだろう。
10年という数字は厳密な期限として読むべきではないものの、場違いな数字ではない。30年間も更に現状を続ければ気温が一つ前の間氷期を越えることは不可避となるだろう。そして現在行われている(インフラや発電所、研究開発などへの)意思決定こそが今後数十年間の排出を決定する。

・一つのポイントか、複数か?

 ティッピングポイントの議論の多くは、”気候系に危険な干渉を及ぼす”かどうかの議論と同様に、ちょうど一つだけのポイントが存在することを想定している。
これは正反対だがどちらも間違った結論を招く。
「そのポイントに到達するまでは何も起こらない」と「ひとたびそのポイントに到達したなら私達にできることは何もない」だ。倣岸な見方と運命論的な見方である。
 しかしそうではなく、最も小さな生態系から地球全体に及ぶ複数の、規模も重要性も異なるティッピングポイントが多数あるものとみなすことの方がより適切だ。
 システムが変えられるごとに一つ一つのポイントはますます通過しやすくなっていくが、地球全体に及ぶポイントのいくつかはより重要である。このような微妙な見方をしながら読んでいくことが、ティッピングポイント問題の、問題のある文章を読む際には役立つだろう。

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 ということで、必ず暴走が起こるというわけではない、というのは人に説明する際に注意しておくべきことかと思います。
posted by おぐおぐ at 10:49 | TrackBack(0) | 気候カタストロフィ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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