2006年06月30日

ミッシングシンクはいつなくなったか?

ミッシングシンクという言葉が95年のIPCC第二次報告書の中ではもう使われなくなっていることを、以前「グローバルな炭素循環について」 の中で紹介しました。

 ミッシングシンクとは一言で言えば、トップダウンアプローチとして求めた炭素循環の各要因の収支と、ボトムアップアプローチで推計した「人為的排出および、海洋への吸収、海洋からの排出、陸上生態系の吸収、陸上生態系」からの排出の数字を足し合わせたインベントリーとの間で整合性がなかったという問題です。
 トップダウンアプローチでは質量のバランスを取っているため本来その数字であるはずといえるのですが、それではどこが吸収したかを特定できない炭素吸収量がある、とされていた問題です。

(ちなみに、ミッシングリンクとは、ダーウィンの進化論ではうまく説明できる進化過程の中間種があるはずだ、と推測されていたその中間種の化石のことを差します。それに引っ掛けて作った造語がミッシングシンクでしょう。)

 この件に関して、
『地球温暖化の『発見』とは何か』みすず書房 を書いたアメリカ物理学協会の物理学史センター所長のワート氏のまとめを訳者の増田氏に以前ご紹介をいただいたことがありました。以下、抄訳部分は増田氏による仮訳です。========== Weartさんのwebページ抄訳
===== http://www.aip.org/history/climate/biota.htm (March 005) より =====
Copyright (C) 2003-2005 Spencer Weart & American Institute of Physics

 現在の炭素収支を合わせようとする試みは1990年代を通じて表舞台にとどまった。
熱帯の森林が正味で炭素の源なのかsinkなのかなどの問題に関する論争が続いた。
 その間にも、余分なCO2の大部分は海に沈んでいるという議論を提示しつづける人もいたが、それの大部分は植物に行っているという同程度に説得力のある議論によって反論もされた。それらの問題の解決は、データがふえることによってだけ可能だった。

 とくに役にたったのは、多数の場所でのCO2濃度の定期的測定で、アメリカ合衆国政府(詳しくはNOAAであり、分析はおもにスクリプスのキーリングが担当した)によるものだった。南極点から北極海の流氷の上に至る一連の観測点で空気がフラスコに入れて集められた。季節から季節への変化が、この気体の移動について多くのことを物語った。
 これらの数値を解釈するためのもうひとつの強力な手段が、大気中の酸素についての新しい精密なデータから得られた。酸素濃度は、燃料が燃やされてCO2が出るところや、植物がCO2を放出したり取りこんだりするところではその量に応じて変化するが、CO2が海洋に取りこまれるところでは変化しない。独創的で粘り強い測定は、チャールズ・デイヴィッド・キーリングの息子であるラルフ・キーリングによって行なわれた(注56)。

 1990年代を通じて、まちまちだった数値はしだいに収束し、論争にかかわっていた人はみんな完全に正しかったわけでも完全にまちがっていたわけでもないことがわかってきた。
 長く続いた混乱の理由の一部は新しい研究によって説明された。その研究は、森林と土壌による炭素の取りこみは、大きくまた不規則に変化することを示した。
ある10年間に全体として炭素を吸収した地域が次の10年には主要な放出源になることもありうるのだ。とりわけ、「失われた炭素」の多くはある10年単位の期間には北半球の森林に吸収されたが、他の期間には吸収されなかったらしい。
取りこみはいろいろなことがらに依存しうる。それにはエルニーニョ現象によってもたらされる天候のゆらぎが含まれる(注57)。

 1998年に出されたレビューによれば、全体として、人類は毎年化石燃料を燃やすことにより70億トンの炭素を、また熱帯の森林を伐採することで10億から20億トンを放出している。この約半分が大気にとどまり、海洋が4分の1を吸収し、残りの毎年約20億トンは陸域生態系がなんらかの形で吸収しているはずである。
測定から示唆されることは、吸収にいちばん働いているのは中緯度で速く成長している森林である可能性が高いが、もしかすると泥炭地も吸収しているかもしれず、もっと全然違うものが吸収しているかもしれない。
[2004年に発表された大がかりな研究の報告では、この取りこみは変化しうることが強調された。海は1800年以来人類が出した炭素全体の約半分を吸収し、残りが大気に残った。したがって過去2世紀を通じては、森林破壊やその他の変化による放出は、大まかには陸域生態系による吸収とつりあっていた(注58)。]


56. Keeling et al. (1989) (これはC.D. Keelingである); Tans et al. (1990);
Ralph Keelingによる酸素の仕事は、Keeling and Shertz (1992); Keeling et al. (1993).
57. 多数の著作物があるが、Battle et al. (2000); Bousquet et al. (2000);
Schimel et al. (2001).
58. 多数の著作物があるが、たとえば次のものを参照。Prentice and Lloyd (1998);
Schindler (1999). 海の研究については Sabine et al. (2004).

===== http://www.aip.org/history/climate/bib.htm (December 2005) より =====
Copyright (C) 2003-2005 Spencer Weart & American Institute of Physics

Battle, M., et al. (2000). "Global Carbon Sinks and Their Variability Inferred
from Atmospheric O2 and [Delta]13C." Science 287: 2467-70.
Bousquet, Philippe, et al. (2000). "Regional Changes in Carbon Dioxide Fluxes
of Land and Oceans since 1980." Science 290: 1342-46.
Keeling, Charles D., et al. (1989). "A Three-Dimensional Model of Atmospheric
CO2 Transport Based on Observed Winds." In Aspects of Climate Variability in
the Pacific and the Western Americas (AGU Monograph 55), edited by David H.
Peterson, pp. 165-363. Washington, DC: American Geophysical Union.
Keeling, Ralph F., and Stephen R. Shertz (1992). "Seasonal and Interannual
Variations in Atmospheric Oxygen and Implications for the Global Carbon
Cycle." Nature 358: 723-27.
Keeling, Ralph F., et al. (1993). "What Atmospheric Oxygen Measurements Can
Tell Us About the Global Carbon Cycle." Global Biogeochemical Cycles 7:
37-67.
Prentice, I. Colin, and Jon Lloyd (1998). "C-Quest in the Amazon Basin."
Nature 396: 619-20.
Sabine, Christopher L., et al. (2004). "The Oceanic Sink for Anthropogenic
CO2." Science 305: 367-71.
Schimel, D.S., et al. (2001). "Recent Patterns and Mechanisms of Carbon
Exchange by Terrestrial Ecosystems." Nature 414: 169-72.
Schindler, David W. (1999). "The Mysterious Missing Sink." Nature 398:
105-106.
Tans, P. P., et al. (1990). "Observational Constraints on the Global
Atmospheric CO2 Budget." Science 247: 1431-38.
========== Weartさんのwebページ抄訳 終わり


●2001年発行のIPCC第三次レポートhttp://www.grida.no/climate/ipcc_tar/ の中で”missing sink”を検索すると見つかったのは以下の参考文献の題だけでした。

Dai, A.G. and I.Y. Fung, 1993: Can climate variability contribute to the“missing” CO2 sink? Global Biogeochemical Cycles, 7, 543-567.

http://www.grida.no/climate/ipcc_tar/wg1/097.htm#tab31
ここの表3.1の中に、1980年代の10年間と1990年代の10年間の炭素収支をトップダウンアプローチで合わせた数字が紹介されています。
 2月の公開討論会の場では槌田氏は、いろいろ数字が出てきていると批判をしていましたが、上のような事情だということです。


●以下、日本語でのミッシングシンクという言葉についての近年の出現状況を調べてみました。
 以下のことから、90年代半ばまでにグローバルな炭素収支の推計が行われるようになり、データを元に議論できるようになったため「ミッシングシンク」の言葉が使われなくなってきたものとみなしてよいでしょう。

対象は主に国立環境研究所の地球環境研究レポートCGERより

・下記の文章によると、1995年発行のIPCC第二次報告書(SAR)の検討時点ですでに、ミッシングシンク問題は定性的には解決されたとの紹介になっていて、SARの文章からは除かれていたもようです。(再掲)
http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/c-news/vol6no1.html
の中の、
「炭素循環国際研究集会(第7回地球環境研究者交流会議)」より
”3.会議における議論
 セッション1(グローバルモデル)では、”
”特に(IPCCの第二次)報告書の中から"missing sink"の表現が消えたことおよびその理由の簡潔な説明がなされた。次に単純な海洋モデル(2層の湧昇−拡散モデル)でも十分に2.5GtonY−1の CO2の取り込みが説明できるという報告があり、最初に、陸上生態系への施肥効果がmissing sinkであると仮定した炭素循環モデルで過去の長期的なトレンドが良く説明できるという報告がなされた。”

”セッション2(大気)においては、”
 ”いわゆるCO2のミッシングシンクが北半球中緯度の陸生生態系であると現時点では結論づけられているものの、そのメカニズムの解明は十分でなく、さらなる航空機等を用いた大気観測ネットワークの展開の重要性が指摘された。”

”セッション3(海洋)においては、”
”CO2のミッシングシンクを海洋に帰着可能かを海洋の取り組み機能の不確定性を踏まえての報告、”

”セッション5(総合討論)においては、ミッシングシンクは定性的には同定されたものの、不確実性の削減のために観測を含む研究推進の必要性が指摘され、関連研究分野の連携が重要とされた。最後に会議の成果とりまとめについて議論された。”
−−−

http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/c-news/vol6-7/vol6-7-6.html
先の第7回地球環境研究者交流会議−炭素循環国際研究集会についての英文報告書を発行した紹介をしています。

・第2回海洋と二酸化炭素国際シンポジウム
−1999年1月18-22日国立環境研究所主催で開催−
http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/c-news/vol9-11/vol9-11-i.html
地球環境研究グループ温暖化現象解明研究チーム総合研究官 野尻 幸宏
”従来から、二酸化炭素のミッシングシンクといわれ、人為的に放出された炭素の行方が不明確であることが問題とされ、その解明のために大気、海洋、陸域それぞれの分野で様々な研究がされてきた。約5.5Gt/年(1980年代の平均値)という放出量は、化石燃料消費から計算されるので誤差は大きくない。大気残存量の約3Gt/年も、世界中に何カ所もある大気測定点で精密に測定されているので、誤差は小さいといえる。差し引きの量プラス森林破壊(主として熱帯地域)で放出される二酸化炭素の和が自然の吸収源の大きさであるが、あり得る大きな吸収源は、海洋と陸上植物である。”
 海洋の吸収量の見積もりは、約2Gt/年とされているが、その確からしさは、主として観測から確かめるしか方法がない。また、このような海洋の吸収が、今後も引き続き維持されるか、今後の気候変動を含めた環境変動で増強されるか、あるいは、低下してしまうか、という予測を海洋科学の立場から行うことが、今後の温暖化予測モデルに極めて重要になってきた。”


http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/c-news/vol12-8/vol12-8.pdf#page=4
第6回二酸化炭素国際会議報告 東北大学大気海洋変動観測研究センター 中澤高清
2001年の表記国際会議の受け入れ側報告
 この中の、「クリス・フィールドによる「森林は二酸化炭素をどこまで吸収できるか」」の解説の段落ではミッシングシンクの内容を説明していますが、言葉自体は使っていません。


●現在ではグローバル炭素循環に関わって最も包括的に行われている国際的な連携研究であるはずの、Global Carbon Project(GCP)関係の下記文書記録の中でも「ミッシングシンク」という言葉は使われていません。
・IGBP-IHDP-WCRPのジョイントプロジェクト、Global Carbon Project
 の立ち上げ時の文書が以下に3回に渡って連載されています。
http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/c-news/vol12-10/vol12-10.pdf#page=16
炭素循環への挑戦−炭素循環国際共同研究プロジェクト(1)
井上 元
http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/c-news/vol12-11/vol12-11.pdf#page=10
炭素循環への挑戦−炭素循環国際共同研究プロジェクト(2)
井上 元
http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/c-news/vol12-12/vol12-12.pdf#page=12
炭素循環への挑戦−炭素循環国際共同研究プロジェクト(3)
井上 元

・同GCPについての共同議長による講演
http://www-cger.nies.go.jp/cger-j/c-news/vol13-10/vol13-10.pdf#page=11


posted by おぐおぐ at 05:53| 温暖化の科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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