2006年05月08日

高速増殖炉開発は検証に耐えうる計画なのかその2

●さらに本質的な問題−増殖の幻
 さて、反原発運動の論客である京大原子炉実験所の小出氏は以下のように記しています。

”…おまけに電力会社による試算でも、高速増殖炉が理想通りに実用化できたとして、はじめの原子炉を作ってから次の原子炉を立ち上げるのに必要なプルトニウムを生み出すまでには90年かかるというのです。今日のようにエネルギー消費を急速に拡大している社会にとっては、高速増殖炉はもともと無意味な代物でした。”幻だったプルトニウム利用(小出裕章)より)
つまり、増殖炉1基分の燃料が倍にならないと、次の増殖炉で発電できないが、それに90年も掛かるのだとすれば、大規模なエネルギー供給に使えるようになるのは22世紀以降の話です。

まあこの点についてはあえて推進派研究者の代弁をしておけば、元々酸化物(MOX燃料)の形で燃料を作るがために増殖期間が長く掛かるのであって、炭化物や窒化物あるいは金属の形で使えれば倍増に10年程度という短い期間を見込むことも可能だとして、研究を進めようとしているものなのだそうです。

”he has noted that‘we have made a beginning with oxide fuel (in the fast reactor) but we have to change this fuel cycle to metallic fuel. Metallic fuel gives you short-doubling time, of the order of 12.14 years, even 10. Then only … the third stage comes in. ”
参考:Nuclear dilemma: The deal and beyond(インドでの原子力開発の概要) by K. R. Rao
http://www.ias.ac.in/currsci/mar252006/759.pdf
よりさて仮に、もんじゅ型の高速増殖炉を今後安全に運転できたものとしましょう。
その次に来るのは、燃料を融点の低い金属や、製造方法すら定まっていない炭化物の形で使うのを実用化させるために、30年程度の期間と、再び実証炉、原型炉、商業化炉といった一連の規模拡大のステップを踏む必要があります。

この開発期間を短縮して、例えば2030年に商用化することが可能だとは到底思えません。 必要な時点での主要なエネルギーにはなりえない袋小路なのです。

”また、日本原子力研究開発機構は「もんじゅ」等の成果も踏まえ、高速増殖炉サイクルの適切な実用化像とそこに至るまでの研究開発計画を2015年頃に提示することを目的に、電気事業者とともに、電力中央研究所、製造事業者、大学等の協力を得つつ「実用化戦略調査研究」を実施している。その途中段階での取りまとめであるフェーズUの成果は2005年度末に取りまとめられ、国がその成果を評価して方針を提示することとしており、その後もその方針に沿って研究開発を的確に進めるべきである。”文部科学省:「もんじゅが開く未来」のQ&Aより)
 とされています。

追記:
ここに3月末時点のフェーズ2成果報告書がありました。100ページ目の表-T-2に、金属燃料やさまざまな炉形とした場合の移行期間が書かれています。2050年の商用化から、60年程度から250年程度の時間をかければ完全にFBRシステムへ移行できると明記されています。


ふうーあたかも目の前の一山さえ超えればもんじゅの後継炉がすぐさま商業炉になるかのように政治家やマスコミの論説委員をたらし込んできた、この原子力村の罪は深いといわざるを得ません。

つまり、「高速/増殖」炉という言葉遊びとは裏腹に何十年も経たないと燃料は増殖しませんから、もんじゅの高速増殖炉開発計画は、ピークオイル対策としてもまた温暖化対策としても実用性は無いと断言できてしまうのです。

 さらになにより、原発推進派の人が忘れているのは、もしこれからそのFBRの商用化の時期までに在来型の原発でウラン235を燃やしてしまったら、増殖炉のタネとなるウラン燃料も燃やしてなくなっていることになります(ピークウラン問題)から、将来の高速増殖炉の実用化を本気で目指すのなら、商用化されるまでは既存の原発の運転は止めなければなりません。
従来型の原発の建設推進と、高速増殖炉の開発推進も矛盾する政策なのです。
このことも前提として、従来型の既存の原発をどうするか、の検討を次にしなければなりません。


さて核融合もほぼ同様の理屈で、ジャストインタイムには使えないエネルギーだろうと想定できます。
そろそろゲームオーバーが近づいて、ロスタイムに入ろうかというときなのに、後50年間待ちますか?
研究開発にあと100年ほど使おう、という余裕があるのならやってもらって結構ですが、今は開発を打ち切ることで浮かせられる省エネルギー量の見込みのネガワットの方が有望です。


こういうばかばかしい話がどうしていつまでも方針転換をされないのでしょうか。
よくたとえに使われています(飯田哲也氏のHotwiredJapanでの連載が面白いです)が、戦艦大和の馬鹿馬鹿しい最期を演出してしまった参謀本部が現代の意思決定機関にも居座っているのでしょう。


posted by おぐおぐ at 01:14| 核エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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