2005年10月12日

一つの大気byピーター・シンガー


 本の紹介『グローバリゼーションの倫理学』
 の引用の続きです。

第二章 一つの大気
「人間の活動が大気(環境)に影響を及ぼすことから生じる諸問題ほど、人類がグローバルに行動する必要性を明確に示すものはない。」

「アメリカによる温室効果ガス排出に対して損害賠償訴訟を起こすキリバス共和国の権利を認めることは、以前よりもはるかに広い新しい意味において、私たちを一つの世界にする。そのことは国際的な協調行動の必要性を生じさせる。」

「京都議定書を、途上国もまた温室効果ガス排出を削減すべきであることを途上国に説明し納得してもらうために必要な第一歩とみなすなら、この議定書を支持すべき理由が理解できる。京都議定書は、より広範囲の、またより平等でもある合意に達しうるための叩き台を提供するのである。」
 コメント:京都議定書の歴史的意義は、むしろこれからのポスト2012(注:「ポスト京都」→「次期枠組」と読み替えてください)の交渉で何かを生み出せるかどうかによって変わってくるわけですから、無条件に第一歩とみなすのは書きすぎでしょう。

 コメント:この次から末尾まで「公正な分配」とは何かの議論に入ります。「政治哲学においては、ロバート・ノージックに従って「歴史」原則と、「時間−切断」原則を区別するのが一般的である。歴史原則とは…現在の状況がどのようにして生じてきたのかということも問題にしなければ公正な分配かどうかは決められない。それとは対照的に、時間−切断原則は特定の時点での分配を調べて、その分配が公正さに関するなんらかの原則を満たしているかどうかを問い、それ以前の一連の出来事は何も問題にしない。」

1.「歴史原則:汚染者賠償/支払い:
大気に関するかぎり、先進国がそれを破壊したのである。自分達が大気を破壊した責任の度合いに応じて、人々はその修復に何らかの貢献をするべきだ、と私たちがもし信じているとすれば、先進国は大気に関する問題を修復するという借りを、世界の残りの部分に対して負っていることになる。」
コメント:20世紀の100年間の累積CO2排出量のWRI(世界資源研究所)による図示はこちら。

 かつて京都COP3会議でも先進国はこの歴史的責任を負うべきとの提案が、ブラジル提案として出され検討が続けられています。

2.「時間−切断原則:
過去を水に流して再出発するのが正しいという状況はありうる。認識をもって然るべきと思われる時点より前に排出した分についてはそうだろう。しかしながら、少なくとも1990年には、気候変動に関する国際パネルが最初の報告書を公表しており、排出に関するする危険のはっきりした根拠が存在していた。90年以降に起ったことを水に流すのは…産業国の肩を持ちすぎているように思われる。…」

 コメント:次に時間−切断原則の内の3種類の原則を説明しています。
A.「全員に対する平等な割当て:
誰もが他の誰とも同じように、グローバルな大気のシンクの割当分への権利を持っている。少なくとも議論の出発点ではそうである。
 この見解を取るならば、各国はどれだけ炭素を排出することが許されるかを問題にし、現在排出している分と比較することが必要になる。…」
 コメント:Per Capita(資本あたりと誤解する人も居るかもしれませんがそうではなく、人口一人当たりという意味です)の許容排出量を平等に割り当てるということになります。時間−切断とするからには、既得権としての過去の排出実績は考慮できません。

B.「最低の状況にある人々を助ける:
私たちが財を分配する際に、すでによい状況にいる人々に対してそれ以上与えることが正当化されるのは、そうすることが最低の状況にいる人々の状態を改善する場合に限る、それ以外の場合には、資源に関して最も低い状況にいる人々にのみ与えるべきである。…
効率性の議論はうまくいかないので、私達は次のように結論せざるを得ない。…必要な変化に掛かるコストのすべては、やはり豊かな国々が負担しなければならないだろう、と。」
 コメント:この場合、途上国への賠償的な適応策中心の出費を先進国が迫られることになります。

C.「最大多数幸福原則:
公利(功利)主義的観点から上で論じた諸原則は正当化することができる。
「汚染者支払い」原則は汚染や破壊を生じさせないよう注意深くさせる強力な誘因となる。これらは一般の利益となる。
平等主義原則は、割当を分配する明確な基準が他に存在しない場合には、争いを継続させないで平和的解決を導く理想的な妥協案となりうる。
公利主義者は最低の状況に置かれている者に資源を分配するという原則をしばしば支持することができる。なぜならすでに十分に所有している場合には、それ以上与えられても少ししか所有していない場合ほどには効用が増大しないということである。」
 コメント:これは並列する一つの提案というのは少し変で、別論理でも上の二つが導かれるというオプション的な位置づけになるでしょうか。

「公正さ−一つの提案:
 4つの原則のおのおのは取るべき最善のものとして擁護可能であるし、いくつかを組み合わせて用いることもできる。
単純で、したがって政治的妥協に適しているという理由から、第二の原則(2-A.)を支持すべきだと私は提案する。…強力な議論が存在するほかの原則に比べて、アメリカや他の発展諸国に対してかなり寛大である。」

「アメリカ人は、京都議定書でさえアメリカに対して当然そうすべきである以上の犠牲を要求していると考えている。アメリカ人が本気で要求していることは、世界の貧しい国々が豊かな国々よりも低い一人当たりの温室効果ガス生産量の水準に向けて永遠に努力することである。このような原則はどのようにして正当化できるのだろうか。あるいは、アメリカ政府が提案しているのがこの原則でないとすれば、では何を提案しているのだろうか。」
 コメント:答えのない問いですね。
 
「一人当たりの平等な割当にもとづいて国々に分配することに対する真の反論は、次のようなものである。すなわち、産業国にとって、温室効果ガスを、5年か、10年か15年以内に、一人当たりの基準で、なんらかの受け入れ可能な水準の割当以上に生産しないように削減することは、とんでもない混乱の元になるだろうということである。しかし幸運なことに、「一人当たりの平等な割当」と完全に両立しながら、産業国にとってこの移行を大幅に容易にし、同時に途上国に大きな利益を生み出すような機構が存在する。その機構とは排出権取引のことである。」

「[グローバルな排出権取引に対して、]科学的反論は全国家について正確に排出量を計測する方法がないこと。…長期的にみれば克服不可能な障害であるかどうかわからない。倫理的反論は次のようなものになる。…中には、軍事費を増大させたり、自分のスイス銀行の口座の合計金額を増したがっている腐敗した独裁者によって支配されている国々もある。排出権取引は、そういった独裁者に、そういった目的のための資金を増やす新たな方法を与えるだけになるだろう。…私の提案する解決法[とは]…独裁者の政権を、売ることができる余剰の割り当て分を持つ国家の正当な政府と認めるのを拒絶することである。」
 コメント:ということで、英国の環境NGO、グローバルコモンズ研究所 が京都COP3会議のころから主張していた、Contraction & Convergenceの概念に近いものをシンガー氏としては提案しています。この概念は3つの要素、全世界のCO2排出量のContraction(収縮)+20年〜40年の一定の猶予期間を経て、南北の一人当たり排出量の同じレベルへのConvergence(収束)+そのための南北間のグローバルな排出権取引による温暖化対策資金の途上国への還流のセットです。

 コメント:いつでも現実から歩みはじめる必要がある政治学とは別に、ゾルレンとしての正義はなにかを突き詰める倫理学という分野がある意義を説明しているのが、ここから下のメッセージです。

「ワシントンにいる皮肉な傍観者にとっては、こうしたことはすべてばかばかしいほど政治的現実性を欠いている、と思われるに違いない。…ここで論じている提案は、アメリカ政府によって受け入れられる見込みが、京都議定書よりもかなり小さいが、それではこの提案の要点は何だろうか。」

「この章の目的は、「激しい気候変化を生じさせずに温室効果ガスを吸収する大気の許容能力」の現在の分配には何の倫理的根拠もないということである。」
「産業国の市民として、私たちがグローバルな温暖化に対して何が公正な解決法となるのかを理解しなければ、京都議定書の調印にさえ反対する立場が、いかに甚だしく利己的であるかを理解することはできないだろう。その一方で、何がその問題に対する解決法となるかという問いの意味を私たちの仲間の市民たちに伝えることができれば、地球上にいるすべての存在に影響を持ちうる事柄に関する国際的協調を妨害する方向にアメリカを現在導いている、諸政策を変えることが可能となるかもしれない。」

「そのような状況は、国家主権を制限する−発展しつつある−国際法上の機構や原理について考える必要性に弾みをつける。海水面まで水浸しになった土地の人々には、損害賠償を得ることができるべきだ。…考慮に値する他の可能性として経済制裁がある。」
 コメント:こういう個別のあるべき分配の原則の組み合わせとして、本『地球温暖化防止の課題と展望』の第二章で高村氏が紹介しているように、温暖化問題に関わる研究者はこれまで各種の次期交渉の枠組み提案を行ってきているのです。
posted by おぐおぐ at 15:44| 温暖化の政治学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。